「くやしいなー、本当にくやしいなー」と言いながら、かつて大切にしていた洋服たちを1着ずつ確認しながら処分する決断をしていたのは、もうすぐ70歳になる男性、伊藤さん(仮名)です。洋服たちはどれもハンガーにかけられていて一見きれいに見えますが、長年開けられなかったクローゼットの中に収納されていたため、よく見ると洋服のあちこちにカビが生えていました。伊藤さんが現在のお住まいに引っ越されてからの約6年、一度も日の目を見ることのなかった洋服たちです。

伊藤さんは内部疾患をお持ちで、少し動くと激しく息が上がってしまいます。重たい物を持つことが難しい上に、片眼も見えにくく、一人では荷物の整理ができませんでした。そのため、部屋の中には引っ越し当時の段ボール箱が手を付けられないまま残されていました。そして、それらの段ボール箱がクローゼットの前に高く積み上げられていたため、クローゼットを開くことすらできなかったそうです。「こんな部屋じゃ、友だちが来ても座る場所もないから呼べないんです。安い引っ越し業者に頼んじゃだめですね。いらない物は処分してくれるはずだったのに、全部置いて行かれちゃいました」と教えてくれました。

日常のゴミ出しすら一苦労な上、通院にはタクシーを利用せざるをえず、経済的な事情により部屋の片づけを業者に頼むこともできずに年月が過ぎて行ったそうです。伊藤さんのように高齢で生活の援助が必要な方は、介護保険のヘルパー制度が利用できます。また、ゴミ出しが難しい高齢や障がいを持つ方の場合、玄関前までゴミを回収しに来てくれる制度や通院の代わりに訪問診療が受けられるなど、利用できる福祉サービスが用意されています。しかし、伊藤さんはそうした制度に上手くつながっていませんでした。その要因には、情報が届かないことに加えて、伊藤さんご自身が抱く「人に迷惑をかけたくない、頼るのは申し訳ない」という思いが加わっていたようです。例えば、伊藤さんの部屋には古くなった薬が大量に残されていました。「錠剤のケースは何ゴミで出せばいいか分からなくて捨てられなかった。きちんと捨てないとチェックしている人がいて怒られてしまうんです」と教えてくれました。ゴミの捨て方が書かれた一覧も、片眼の不自由な伊藤さんには読めなかったようです。伊藤さんのように真面目で人に上手く頼れない方ほど、室内環境が悪化しやすい傾向があるように思います。

  • 片付け前:クローゼットの扉が埋もれて見えない

  • 片付け後:すっきりしてクローゼットが使用できる状態に

  • 処分したものは20袋以上

2時間の活動で、燃えるごみが20袋以上と雑誌や段ボールの束を処分しました。ようやく開いたクローゼットの中の洋服たちは処分することとなり、何度も「くやしいな」とつぶやいていた伊藤さんです。それでも、片付いて物が無くなった床を目にすると「6年ぶりにスッキリして、本当に驚きました」と喜んでくださいました。伊藤さんのお宅にはまだ開けられていない段ボール箱などがいくつもあり、粗大ごみの処分もお一人では難しい様子です。今回伊藤さんをハビタットにつないでくださったのは、お住まいの地域にある高齢者相談センターの相談員さんでした。相談員さんにつながったことで、介護サービスの申請や訪問診療の手続きなどが進み始めるなど、安心・安全に暮らせる生活の一歩を踏み出し始めました。ハビタットでは、福祉サービスでは利用できない部屋の片づけを当面の間継続し、伊藤さんが安心して暮らせる住環境を持てるよう支援していきます。

ハビタットの国内居住支援プロジェクトホームワークスは、皆さまからのご支援やボランティアとの協力のおかげで活動が継続できています。ぜひ様々な形で活動にご協力ください。詳細はこちら