「引越し準備は大変ですね。この年になってこんな思いをするなんて想像しませんでしたが、大変さの中にもワクワク感があり楽しさを同時に感じて過ごしています」と話すのは、先日ようやく転居先が決まった加藤さん(仮名)です。

加藤さんは、「なんとか転居先を見つけたい」という強い意志と、物件探しへの行動力を持つ40代男性です。ハビタットに入居相談を寄せ、共に部屋探しを進めた約ひと月半の間に、16もの不動産店に相談を寄せ、6軒の物件を内見するという忙しい毎日でしたが、加藤さんはいつも変わらず前向きに物件探しに取り組んでくださいました。
生まれつき体にまひを持ち、150㎏もあるという大きな電動車いすが生活に欠かせないという加藤さんは、日中は毎日作業所に通い、家での生活や外出にはヘルパーさんの力を借りながら、長くお一人で暮らされていたそうです。しかし古くなったアパートの建て壊しが決まり、急遽3か月後には退去しなくてはいけなくなったとのことでした。「私にとってそれは晴天の霹靂で頭が真っ白になり、しばらく何も考えられませんでした」と、加藤さんは当時を振り返ります。それでも、すぐに気持ちを入れ替え、現実を受け取め自ら行動するしかないと心を決めた加藤さんは、障害者福祉センター職員の方に一連の話をされたそうです。そこから居住支援法人として住まい探しをお手伝いするハビタットに相談が寄せられ、加藤さんの支援につながりました。その時には、すでに退去期限まで残り2か月を切っていました。

部屋探しは困難を極めました。物件探しの際に不動産店から提供される情報のひとつに、居室内の図面があります。しかし当然ながらその図面は平面の情報に限られるため、共有スペースや室内にある段差、扉や廊下の幅など、車いすでの生活が可能かどうかを知る大切な情報は載っていません。そのため、実際に内見をして初めて分かることも多く、内見に足を運んでも車いすでの生活で不自由のない物件が見つからないことが続きました。「あと数㎝幅が広ければ…、あと数㎝段差が小さければ…」と加藤さんにとっても悔しい思いが続きます。何よりすべての物件において玄関に段差があるため、6軒を内見した際に、加藤さんが居室内に入ることが出来た部屋は一軒も無く、いつも同行者が撮影した写真や動画で室内を確認していました。そんな経験から、加藤さんは次のように話してくださいました。
「物件探しをして改めて、日本はバリアフリー社会とは程遠いなと実感しました。確かに2,30年前よりは遥かにバリアフリーは浸透してきていると思いますが、根底の部分は大きくは変わっていないとも感じます。一人暮らしの高齢者や貧困家庭なども増えていく中で、バリアフリー住宅もそうですが、多様な問題を抱える人が安心して暮らせる安価な家賃の住宅を増やしていくか、制度を変えていくか、何か対策を考えていかなくては、この社会が対応できない実態が起きるのではないかと思いました。」

  • 車いすが通れるか、玄関の幅を確認

  • エレベーターのボタンの位置、扉の開閉時間を確認

最終的には、加藤さんの諦めずに物件を探す熱意のおかげで、土壇場で転居先が見つかりました。加藤さんと物件探しを続けるなかで、改めて、車いすの方が物件探しをする際に配慮する点はいくつもあることを知り、またそういった配慮すべき点をクリアしている物件はほとんどないことが分かりました。特に家賃の低い物件では尚更見つけるのが難しくなってしまいます。そうした難しさゆえ、加藤さんには「グループホーム」という、介護職員が24時間サポートしている共同生活での暮らしという選択肢もありました。それでも一人暮らしを選んだ加藤さんは、「グループホームは仲間もいますし、確かに安心感があります。一方で一人暮らしをするということは、常に自分で考えて行動しなくてはならず、当たり前ですがその責任を取るのは自分自身です。例えば今回の引っ越しでも、多々失敗がありました。肉体的にも精神的にもきつい経験でしたが、その痛い経験が次につながり、自分の人生を豊かにしていくと思うのです。いい勉強をさせていただいたという気持ちで、今後に生かしていきたいです」と話してくださいました。

ハビタット・ジャパンにとっても、今回の物件探しは、車いすで生活する方にとっての安心できる住まいについて理解を深めるきっかけとなりました。今後も様々な方と出会いながら、それぞれの方にとって安心できる住まいについて考えながら、住まい探しのお手伝いを続けてまいります。ハビタットの「新しい住まいにつなぐ」活動についてはこちら