新しい年を迎えた1月、住まい探しから5ヵ月の時を経て、ご高齢の松本さん(仮名)はようやくアパートでの暮らしを叶えることができました。賃貸物件を契約するのに欠かせない電話番号を持つために、松本さんは、70代後半にして初めてスマートフォンを手にすることになりました。その使い方に苦戦しながら始まったアパート探しは、さまざまな困難が立ちふさがり、予想以上にずいぶんと長い道のりとなりました。

松本さんは、雑誌の路上販売を長いこと続けています。しかし、アパートに転宅できるほどの金銭的余裕はなく、ネットカフェやカプセルホテル、時に路上で寝泊まりするなどして生活されてきました。そして、松本さん自身もそうした生活に特に不満は無かったと言います。しかし、突然の入院がきっかけとなり、松本さんの生活は一変しました。「病気にならなければ今まで通りでよかったんです」そう話す松本さんはとても謙虚で控えめな方です。生活保護に対するスティグマ(差別や偏見)から、生活保護を受給することにうしろめたさも抱えているようでした。しかし、松本さんの場合は、身体のためにも医療を受け続ける必要があり、その費用を支払うためには公的支援に頼らざるをえませんでした。抵抗を感じながらも、周りの勧めを受けて生活保護を受給することになった松本さん、退院後に滞在したシェルターからアパートへと生活の拠点を移すために、支援団体からハビタットに住まい探しの相談が寄せられました。

ハビタットによる住まい探しは、アパートへ引っ越す際に必要となる住民票の取得からお手伝いが始まりました。しかし、そこに予期せぬ困難が立ちはだかります。松本さんはこれまで様々な場所で転々と生活されてきたこともあり、住民票が長い間放置されていました。故郷には長く帰っておらず、今ではその住所がどうなっているのかさえ松本さんには定かではありません。調べを進めて行くと、長く居住実態の無かった松本さんの住民票は失効となり、削除されていることが判明しました。併せて、新たに住民票を置くためには、戸籍の情報が必要になることも分かりました。しかし、松本さんご自身が本籍地を覚えていなかったために、手続きが行き詰まってしまったのです。松本さんを担当する福祉相談員が、松本さんから聞き取った情報を頼りに、住民票があったであろう市区町村へ連絡をとり調査を行ってくださいました。しかし、結果は何も分からないままでした。役所の戸籍課に相談しても「二重で戸籍を設置してしまわないようにするためにも、本籍が必要です。なんとか本人に思い出してもらうほかありません」との回答です。

どうにも方法は無いものかと困り果てた頃に、連携する困窮者支援団体から、新たに戸籍を設置した過去の事案について話を聞くことができました。戸籍を新たに作成する「就籍許可申請」は、家庭裁判所への申請となるため、法テラスの弁護士さんに相談することになりました。しかし、コロナ禍も相まってか、想像以上に時間を要しました。12月、「あとひと月ほどで住民票が取得できそうです」そう弁護士から連絡を受け、ようやく物件探しの始まりです。

高齢なこともあり住まい探しは難航するかと思われましたが、立地以外の希望条件がなかったこともあり、幸いにもすぐに物件を見つけることができました。本来であれば、入居申し込みには住民票の提出が求められるものの、不動産店の担当者より物件の管理人や家賃保証会社に事情を丁寧に説明してもらった甲斐もあり、全ての審査に無事通ることができました。そして、相談から半年近く経った1月中旬、ようやく新居への引っ越しを終えました。

引っ越し後に松本さんのお宅を訪ねると「この辺りを散歩してます。川沿いは休憩するところもあって気持ちいいですね。引っ越して20日ばかりだからまだ慣れないですけどゆっくりやります」と、不安な面持ちを見せながら、新生活に足りないものをゆっくり揃えていきたいと話してくれました。

松本さんのケースのような住まい探しは、様々な方面からの情報が欠かせないことを改めて痛感しました。誰の力も借りれずに、お一人でこうした状況に向き合うことになれば、途中で諦めてしまうと同時に、医療へのアクセスを失い、元の生活に戻ってしまう可能性があります。一方、松本さんのように、連携や協力があれば、どんな困難な中でも道を開き、安定した生活の基盤を持つことができることを実感しました。ハビタットでは引き続きさまざまなネットワークを築き、各所と連携を図りながら、一人でも多くの方が安定した生活基盤を持てるよう、新たな住まいにつなぐサポートに取り組んで参ります。