「夜は歩いて、昼は電車に乗る」そんな日々を過ごしたと話す原田さん(仮名)は、今夏ハビタットが住まい探しをお手伝いしたお一人です。
お話を伺うと、新型コロナウイルスの感染拡大への警鐘が鳴らされた一昨年の夏、突然勤務していた派遣会社から解雇されたそうです。派遣先として働く工場の人員カットが原因とのことでしたが、他に紹介できる仕事もないとの理由で、解雇宣告からわずか10日ほどで寮の退去も迫られ、仕事と住まいを同時に失いました。
20代で上京してからは家族とも縁が切れ、頼るところもない原田さんは、その後いくばくかの貯金で生活をしのいできたそうです。しかし、最終的には生活に困り果て、今年の2月、困窮者支援団体が行う炊き出しに参加しました。そこで福祉窓口を紹介され、就労希望のある方の自立を支援するセンターに入所できることになりました。センターでの生活は、相部屋であることや金銭、生活面での制限があるなど厳しい面もあったようですが、就労に向けたサポートを受け、この6月、無事に寮付きの仕事を見つけ、施設を出ることになりました。しかし、不運にも全財産と荷物をもって就労先に移動する途中、立ち寄った駅のトイレで置き引きの被害にあってしまいました。その時ポケットに入っていたのはわずか800円ほど、それが全財産となりました。困り果てた原田さんは就労先に電話で事情を話したそうです。生きるためにも、お給料が出るまでの生活費を前借りできないかと相談したそうですが、受け入れてもらえず、なくなく就職を諦め、そこから路上での生活が始まりました。携帯は金銭的余裕がなくなり使えなくなってしまった原田さん、そんな状況の中仕事を見つけることは難しい上、日雇い労働の機会も少なく、毎日空腹の中で過ごしてきそうです。すぐに困窮者支援団体や自立支援センターに相談しなかった理由を伺うと、「お世話になったのに申し訳なくて」と、誰にも頼らずご自身の限界までたった一人路上での生活を続けていたことを教えてくれました。それでも、もうどうしようもなくなり、この7月に再び困窮者支援団体の炊き出しに参加したそうです。そのことがきっかけとなり、参加した翌週には支援団体の方に連れられ福祉窓口を訪れ、生活保護の受給を受けることになりました。そこで、住まいを持たない原田さんには、保護施設に入所するか、1か月以内にご自身でアパートを見つけて入居するかの選択肢が与えられました。それが7月の終わりのことです。
アパートへの入居を選択した原田さんが期限内に入居を済ませるためにも、7月末に困窮者支援団体から居住支援法人として活動するハビタットに相談が寄せられました。仕事への意欲が高くお若いことから、比較的スムーズに入居先が決まり、一緒に家財を揃え、先日無事に入居することできました。併せて、今後就労するためにも欠かせない携帯電話を連携団体からご支援いただきました。原田さんへの入居支援は必要だったのか、そう疑問に思い伺うと、「アパート探しは自分じゃできないですよ。勇気がなかったから。自分に自信もないし」と胸の内を明かしてくれました。ご自身の問題を一人で抱えこむ原田さんからは、ほかの多くの相談者にも共通している「謙虚」な人柄が垣間見えました。
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入居契約に同行した際の様子
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ハビタットから提供した生活用品
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布団の位置を決める原田さん
期限内に無事に住まいを見つけられた原田さん、今後の抱負について伺うと「普通でいいよ。ふつうで。仕事を見つけて、好きな時に布団で寝て、いつでもご飯が食べれればそれでいい」と話します。原田さんにとっては、長年仕事は住まいと一体でした。30年ぶりに寮ではないご自身の住まいを持つことができた原田さんが、住まいを基盤に活力を養い、生活の安定、そして自立に向けた新たな一歩を踏み出すことを願っています。