「今のひとはどんどん捨てるでしょ。でも私の世代は大事に取っておいて何かに使うのよ」一緒に片付けをしながらそう話していたのは、70代後半の渡辺さん(仮名)です。渡辺さんは一年ほど前に現在のお住まいに引っ越して来られたそうですが、大量の荷物が無造作に高く積み上げられており、室内は人一人がやっと通れるスペースしかありません。地震や火災が起きれば逃げ場を失う危険な状態です。室内環境をなんとかしたい思いから、毎朝5時に起きては渡辺さんおひとりで片づけを進めているそうです。ただ、冒頭の言葉のように物を大切にするあまり処分する決断がつかず、片付けが進む様子もなく月日が過ぎて行ったそうです。

ハビタットの片付け・清掃支援では、どこまでハビタットと片付けを進めていくかの、その目標を事前にホームパートナーさんと確認しています。一度の支援で完了するのが難しい場合には、必要に応じて複数回継続的に支援に入ることもありますが、なかなか片付けが進まず、時には困難にぶつかることもあります。渡辺さんは8月に一度お片付けに入ったのみですが、今後も継続支援が必要な方であり、かつその進め方に難しさを感じているお宅です。渡辺さんのお宅での主な片付け目標は2つあります。ひとつは、エアコンのある部屋で眠れるように布団を敷ける状態にすること。もうひとつは、押入れや収納棚をきちんと活用できる状態にすることです。

初回の支援のためにお宅を訪問すると、「今日も朝から片づけているけど、見つかったゴミはこれだけよ」と片手に紙くずを握りしめていた渡辺さん。その姿を見て、どこまでハビタットで片付けを進められるだろうかと不安がよぎります。また10日ほど前からスマートフォンを室内で失くしてしまい見つからないと言います。高齢ながらスマートフォンに予定を記録するなどして使いこなしていた渡辺さんですが、物で溢れた室内で失くしてしまっては見つけようがありません。緊急時に連絡するためにも電話は必需品なので、片付けをしながら探していくことになりました。

渡辺さんは趣味で手品を勉強していて、機会があれば人前で披露するほどの腕前だといいます。手品に使う道具もご自身で手づくりしているため、ちょっとした紐や紙、お菓子の箱なども全部材料になるからと取っておいています。はじめはなかなか捨てるものが無く、右から左へ物を移動しているだけになってしまい片付けになりませんでした。

室内には服に手品の道具、キッチン用品などさまざまなものが雑多に置かれているので、まずは分類ごとにモノを仕分けながら片付けをすすめ、リサイクルに出すものはひとまとめにしてすぐ持ちだせるようにします。次第に「せっかく来てもらったんだし、迷うものは捨てようかな」と言って、少しずつ処分する決断をするものが出てきた渡辺さん。事前に清掃局にごみの回収をお願いしていたため、「最低4袋は出さないと持って行ってもらえない」ということも後押しして、裏紙にしようと取っておいた紙切れや使わない雑貨類などをゴミ袋に捨てていきます。ようやくキッチンと寝室の床が見え始めると、「あった!」とスタッフの声が響き、失くしていたスマートフォンが姿をあらわしました。「あーよかった。本当によかった」と、渡辺さんもスタッフ口々に言い合いました。こうしてこの日はなんとか6袋の処分品を出しました。

しかし片付けの難しさは、ご本人に無理をさせてしまうとその後の片付けがかえって進まないことにあります。清掃業者に頼んだところ、「捨ててほしくないものまで捨てられたからもう絶対に頼みたくない!」という声も時々耳にするように、関係が悪化してしまうと支援の継続が出来なくなってしまうこともあります。渡辺さんも今回の片付けで無理をしていないだろうかと不安になりましたが、片付けが終わるころには「一人じゃできないからまた来てほしいわ」と話されていてほっとしました。

ただ物を捨てることに抵抗のある渡辺さんのようなお宅の片付けはどう進めて行くのか本当に悩ましいところです。しかし悩みながらも、ゆっくりホームパートナーさんのペースで片付けを進めていくことが、片付け業者ではないハビタットに求められていることでもあります。渡辺さんとも何を手放していけそうかお話しし関係を築きながら、今後も継続して片付けをお手伝いしてまいります。