「なんだか広すぎて落ち着かないな」と、片付いた部屋を見まわして冗談交じりに話すのは70代の伊藤さん(仮名)です。伊藤さんは高齢でありながらもヘルパー等の福祉サービスを利用せず、おひとりで暮らしてきました。ご家族とも長いこと疎遠な関係で、自由気ままに暮らしてきたそうですが、いつからか居室内にモノが溜まるようになり、アパートの廊下にまで溢れ出していったそうです。近隣からの苦情がきっかけとなり、高齢者総合相談センターの相談員さんが伊藤さんのお宅を訪問したことで、伊藤さんが不衛生かつ危険な居住環境にいることが分かりました。
担当した相談員さんは、ひとまず廊下に溢れ出たモノの片付けをお手伝いし、居室内については民間の清掃業者に相談したそうです。しかし、限られた予算で片付けられたのは玄関周りのみでした。また、片付けの際に、断りもなく捨てられたものがあるとのことで、伊藤さんは憤っていたと話します。今後の片付けをどう進めていけばよいのか、困った相談員さんよりハビタットに相談が入り、伊藤さんのお宅での支援が決まりました。
事前下見のために、スタッフが相談員さんと共にお宅を訪問すると、ドアをノックしても伊藤さんはなかなか出てこられませんでした。「時間がかかるんです」そう相談員さんが話してくれたわけが、玄関扉を開くと一目で分かりました。玄関の床は見えていましたが、奥の居室内はゴミや新聞が山のように積み上がり、大人の腰ほどの高さがあります。これでは高齢の伊藤さんが出入りに一苦労するのも当然です。あまりのモノの多さに、ハビタットでどこまで片付けられるのか不安もありましたが、短期間で集中的に片付けに入り、様子を見てみることに決めました。その頃、相談員さんの協力により、長年関係が途絶えていたご兄弟とも連絡がつき、病院への同行をお願いすることになりました。こうして、片付け後はヘルパーサービスを利用して日常生活援助を受ける手続きを進めるなど、伊藤さんの暮らしが新たに動き始めました。
このころ東京都は緊急事態宣言が明けたばかりでした。初めの2回の活動は、ハビタットのスタッフ2名と担当の相談員さんで片付けにあたりました。伊藤さんが処分してよいと言う生活ごみや古い新聞はどんどん袋に捨てていき、それ以外の物はひとつずつ確認しながら仕分けていきます。換気のために窓と玄関を開け放っていましたが、拭いても汗が次々噴き出る大変な作業です。伊藤さんはお話し好きな方で、おしゃべりをしながら作業は進みました。「昔はね、新聞の切り抜きをしようと思って取って置いたんだけどできないままで…。領収書も全部取っておいたんけどね」と話すように、山になっていたもののほとんどが新聞紙を中心とした紙類でした。そのため作業は思ったよりも順調に進み、モノに溢れた山の中から、まずは机が、そして掃除機や携帯電話が出てきました。次第に床やベッドも姿を現し、2回目の活動が終わるころにはベッドの半分と床が姿を見せるまでに進みました。
片付けをしていると、壁沿いに並んだ棚にはキレイに物が整頓してしまわれ、壁には地図や絵が丁寧に貼られていることに気づきました。「昔は普通にサラリーマンしてたよ」という伊藤さんの、かつてのきちんとした暮らしぶりが垣間見えるようでした。相談員さんも伊藤さんとは関わり始めたばかりとのことで、何がきっかけとなり片付けができなくなってしまったのかは定かではありません。ただ、社会とのつながりが薄れた孤立感や高齢により思うように体が動かないことなどが原因としてあるのかもしれません。
3回目の活動にはハビタットにとっても緊急事態宣言明け初めてとなるボランティアさんが2名参加してくださいました。以前にも片付けに参加くださったボランティアの方たちなので、作業は手際よく進みます。ベッドが姿を見せると、物の中に埋まっていた真新しいシーツにつけかえ、居室内は見違えるようになりました。初めはベッドの端に居心地悪そうに座っていた伊藤さんでしたが、気づくと横になり「足がのばせるな」と嬉しそうにしていたのが印象的でした。3日間の活動で出たゴミは60袋以上にもなります。
ボランティアさんたちは活動後「また参加したいです」と話してくれました。しかし、緊急事態宣言の発出が決まり、ボランティア動員は再び休止することになりました。後日改めてスタッフのみで伊藤さんのお宅を訪問し、手付かずだった水回りを片づけました。トイレとキッチンがキレイな姿を取り戻し「キレイすぎて使うのがもったいないな」とこの日も冗談交じりに話す伊藤さんです。あと2回ほど訪問し、ほこりの溜まった棚などの片付けと掃除をすると伊藤さんのお宅での活動は完了し、その後の生活援助はヘルパーさんにつながる予定です。緊急事態宣言下もハビタットはスタッフのみでの活動を継続し、再びボランティアの皆さんと活動できる日を楽しみにしています。