「もう時間がないから」そう繰り返し話すのは、89歳を間近に控えた高橋さん(仮名)です。高橋さんは都内にある賃貸住宅の一室で約40年暮らしてきました。十数年前に妻が先立たれてからは、思い出の詰まった部屋で一人暮らしてきたそうです。
そんな高橋さんが、ハビタットにつながったきっかけは、建物の取り壊しです。40年以上前に建てられた建物は現在の耐震基準を満たしていないことから、1年前に取り壊しが決定し、引っ越しを迫られることになったそうです。戦前生まれの高橋さん、お子さんもいないためインターネットに触れる機会はほとんどありませんでした。ご高齢であることから足腰も弱り、お一人で不動産店を探し、まして新しいお住まいを見に行くのはやっとのことです。区役所等にも相談を寄せたそうですが、新しい住まいを見つけることができずに時間だけが過ぎていきました。
「生きるか死ぬかの執念で、パソコンがないから必死に電話して探したよ。テレビ局や新聞社に片っ端から電話して、何か手伝ってくれるところがないか聞きました」、ハビタットの連携する支援団体につながったきっかけを教えてくれました。高橋さんから相談を受けた団体がすぐに居住支援法人であるハビタットにつなげてくれました。しかし、住まい探しの相談を受けたのが5月中旬を過ぎた頃で、退去日となる6月末まで約一か月と少ししか時間が残されていませんでした。また、高橋さんが焦っていたことの一つが、妻との思い出が詰まった家を一人で片付けきれるのかという不安でした。
まずは、高橋さんが住まいを失わないように、ハビタットのスタッフと連携団体のスタッフが物件探しに着手しました。89歳とご高齢であることから住まい探しが難航するかと危惧しましたが、幸いなことに、現在お住まいの区で新しい住まいを見つけることができました。
そして、残された課題は、転居するまでに今のお住まいを片付け、引っ越しに向けた準備をお手伝いすることでした。今のお住まいは妻と猫と共に暮らしていたこともあり、お二人には十分な広さと収納がありましたが、新しいお住まいは単身者用のため、半分程度の広さしかありません。数回に分けて片付けに入る必要がある中、緊急事態宣言下であることから、一般のボランティアを動員することができず、スタッフ総出で支援に当たることになりました。
一つ一つ確認しながら物の仕分けを進めていきます
穴の開いたエプロンを繕い大切に使い続ける高橋さん
スタッフが入れ替わりで片付けをお手伝いしています
次回は片付けと粗大ごみの搬出をお手伝いします
初めてスタッフが高橋さんの自宅に伺った際、高橋さんは先立たれた奥さんの衣装ケースとなっていた箪笥を指さし、「これはすべて持っていくから」と教えてくれました。それでも、ご自身のことになると、思い出の品はほとんど必要ないと話される高橋さん。仕分けを進める中返ってくる言葉の大半は「もう時間がないから」という言葉でした。どういう意味か聞いてみると、「今月で89歳。あとどれくらい生きるかわからないから、いらないんです」と話されていました。
片づけを進めると、40年の歳月をかけ大切に保管された思い出の品がたくさん出てきました。妻が手料理をふるまうために毎月購読していた料理雑誌や、インターネットが普及する前の経済紙、趣味のスポーツの切り抜き、旅先や趣味で集めていた絵葉書など、昔を思い出すとセンチメンタルになってしまうと話す高橋さんですが、突然ぼつりと「昔はうるおっていたよ」と感慨深げにつぶやかれました。
来年には90歳を迎え、あと何年生きられるかもわからない中、思い出が詰まった家を出なくてはいけない、そんな高橋さんの心情を思うと私たちスタッフもセンチメンタルになります。しかし、建物の取り壊しは妨げることではありません。ご高齢でありながら、施設ではなくお一人で自立した生活を送りたい、そう望む高橋さんの意思を尊重して、ハビタットができることは、新しい住まいとなる家で高橋さんが安心して暮らせるよう支援していくことです。引っ越しまでにあと数回片付けが必要です。ご本人の意思を尊重しながら、新しいお住まいでも、家族で過ごした楽しい日々が思い出されるよう仕分けを手伝ってまいります。